ぽわろんの推理ノート

仕事について、人生について、人間のあれこれを考察します

祝ノーベル文学賞受賞!カズオ・イシグロ『日の名残り』解説編

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こんにちは、ぽわろんです。

 

カズオ・イシグロさんのノーベル文学賞受賞を喜んだ勢いで、大好きな作品である『日の名残り』をついに紹介させていただきました。

 

読んでみたいと言ってくださった方もいらっしゃって、幸せな気持ちになりました!

ありがとうございます(〃ω〃)

 

しかしながら、とうていこの作品の魅力を語り尽くせてはいません…!

魅力を全て語ろうとすると、どうしてもこの作品の重要な部分に触れて、ネタバレになってしまうからです。

 

今回は失礼ながら、ネタバレを含み、作品の魅力を解説します。

有名な作品ですので、恐らく過去に読んだよという方も多いと思います。

また、今回興味を持って、読んでくれる方もいらっしゃるかも。

そんな方は、ぜひ作品を読み終えてから、読んでいただけたら幸いです。

 

 

※ここから、ネタバレです。

作品で使われている技法

作品の重要な特徴が、「信頼できない語り手」です。

「信頼できない語り手」とは一人称の物語で、語り手が意図的に、または気付かずに事実を隠蔽、曲げて語ることです。

 

推理小説では、これは読者をミスリードする(読者の注意を真相や真犯人から逸らす)ために使われます。

 

もちろん、語り手が意図的に嘘を述べたりすると、それは読者にとってフェアじゃありませんから、「敢えて言っていない」とか「本人は(記憶喪失とか二重人格とか何かしらの理由で)間違ったことを真実と思っている」などという形で技巧的に使われます。

 

ぽわろんはあっと驚かされる、どんでん返しの結末も大好きなので、こういった技法も好みなのですね。

だって、人間は奥深いものですから、心の中って二重にも三重にもなっていますよね。

自分自身にも嘘をついている状態だって十分あり得ます。

例え自分しか見ない独白を書いたとしても、それが本当の自分だなんて、自分でさえわからないものなのじゃないでしょうか。

 

なので、一人称の語り手がゆらゆらと揺れ動くっていうのはある意味自然で、リアルな人間を描いているような気がするのです。

 

ちなみにぽわろんが『日の名残り』をオススメし、気に入ってくれた友人に、「他にも信頼できない語り手の本、貸してよ!」って言われたのですが、「いやいや、語り手が信頼できないよって言いながら貸すなんて、最初からネタバレしてるじゃない笑」とつっこんでしまいました。

そのくらい、読む前に知りたくない情報ですよね。

 

この技法が作品に与える効果

…話がそれてしまいましたが。

この作品の主人公であるスティーブンスは、高潔な人(ダーリントン卿)にどんな時も一番側で立派に仕えてきた自負と誇りがあります。

それがどんなに偉大なことであるか、読者である私たちに繰り返し語りかけるのです。

 

ところが、読者である私たちはスティーブンスの言動に何か不可解なもの、微かな違和感を感じ始めるようになります

それは、旅の途中で出会う人たちに、自分の経歴を敢えて隠したり(なぜ隠したかの言い訳もたっぷりするのですが)、ダーリントン卿のことを隠したりするところで顕著に感じられます。

 

そして、ついに物語の終盤になって、その謎が解けるのです。

それは人生をかけて仕えてきたダーリントン卿に関すること。

 

ヨーロッパ大陸の親善のために、偉大な役割を果たしていると信じて活動していたダーリントン卿。

その卿を執事として支えることに人生を費やしたスティーブンスは、執事が味わえる最高の名誉を味わっていると自負していました。

 

ところが、ダーリントン卿はその英国紳士的な精神ゆえ、実はドイツのヒットラーに手の上で転がされて、国の要人とヒットラーを繋ぐ役割を果たしていたというのです。

主人がまるで英国の裏切り者のように世間から思われ、不名誉な失脚をし、失意のうちで亡くなったことで、スティーブンスは自分の信じてきた道が崩れる、つまりアイデンティティの喪失ともいえる状態に陥っていまうのです。

 

それを表現しているのが、この「信頼できない語り」です。

口では栄光の華々しい日々を語りながら、その心は受け入れがたい絶望的な悲しみに満たされているのです。

自分の人生はなんだったのだろう、間違った人生を歩んでしまったという悲鳴が聞こえてきます。

 

「こんなことがあって私は悲しい!」とただただ訴えるよりも、「こんな自分に誇りを持っています」と語っておいて、実は受け入れがたい深い悲しみを抱えているといった構造の方が、心に強く強く響きます。

そこがこの作品のすごいところです。

 

とにかく、終盤で謎が解けた瞬間から、つまり信頼できない語り手の仮面を脱いだ瞬間から、スティーブンスの無防備な悲しみや苦悩が堰を切ったかのように押し寄せてきて、読者は圧倒されるのです。

 

今まで温かみを感じていたスティーブンスの冷静沈着な語りが、もう一度読んでみると涙声で弱々しく悲痛に震えた語りに聞こえてくるのですから。

それはもうカズオ・イシグロは文章に魔法を使ったのか?と思うほどです。

 

もう一つの後悔、空白の1日

今回の6日間の旅の目的は、昔の同僚で元女中頭であったミス・ケントンに会いに行くこと。

最初にその大義名分が語られます。

ミス・ケントンに会いに行くのは、今の館での執事が足りていないから。職に復帰してくれないか頼みに行くのは自分の役割であると。

 

しかし、結局それも建前だったのです。

ミス・ケントンは、昔スティーブンスが執務を優先してしまい、ちゃんと向き合わなかったがために、逃してしまった相手と言えます。

自分の人生に迷いを抱きながら、ミス・ケントンという大事な女性に会いに行った、スティーブンスの胸中はどのようなものだったのでしょう。

 

そして、旅の1日目、2日目、3日目、4日目と語られていたのに、ついにミス・ケントンと会えるという日になって、その語りは途絶えます

 

次に語られるのは、6日目の夜。

 

ミス・ケントンとの再会は過去形で語られます

再開した時に、ミス・ケントンはかつて、スティーブンスと一緒になる人生を望んでいたのだと知ることになりました。

そして彼女は、長い時を経て不幸とも思える他の人との結婚にも耐え、やっと穏やかな幸せと呼べる人生を歩めるようになっていました。

彼女の穏やかな幸せを願って見送るスティーブンス。

 

その後、まる1日の間の空白

描かれていないところで、取り返しのつかない過ちを悔やみ、他にあっただろう人生を思い、茫然とするスティーブンスの姿が自然と目に浮かんできます。

 

こういう空白の表現も、巧みです

 

そして素晴らしいラスト

このままでは救いのない悲しい話なのですが、ラストがまたいいのです。

 

ラストシーンは6日目、夕暮れの桟橋で。

ティーブンスが思考に耽っている時に話しかけてくる、ある太ったおじさん。

 

そのおじさんに、自分の身の上を話しているうちに、涙を流してしまうスティーブンス。

(この場面も、泣いたとは言っておらず、おじさんの「おやおや、あんた、ハンカチがいるかね?」と言うセリフだけで表現。心憎いです。)

 

おじさんが励ますように、スティーブンスにかける言葉がこちら。

 

人生、楽しまなくちゃ。夕方が一日で一番いい時間なんだ。脚を伸ばして、のんびりするのさ。

 

原作ではこんな表現です。

You’ve got to enjoy yourself. The evening’s the best part of the day. You’ve done your day’s work. Now you can put your feet up and enjoy it.

 

おじさんの言葉が沁みます。

そして、タイトルである「日の名残り」の意味がジーンと心に響きます

“The Remains of the Day” ーそれは、スティーブンスの人生に残された時間です。

 

人生を後悔しても意味がない、人生の後半、これからを楽しまなくちゃと背中を押されるスティーブンス。

そして今までの自分の生き方を「結果はどうあれ、覚悟を持って実践したことには誇りを持っていいのだ」と肯定的に捉えることができるようになります。

 

そしてこの時にスティーブンスが使う'We’という主語。

これは、「私たちのような、自分で大きなこともできない、人に尽くすことしかできないような人たちは」そういったニュアンスです。

それに読者である私も含まれています

それがさらに共感を生み、自分も一緒に背中を押される気持ちになるのです。

 

愛すべき生真面目さ

前向きになったスティーブンスが最後に決意するのが、館の現在の主人であるアメリカ人のファラディ様のために、アメリカ流のジョークを研究すること。

もう、これが最高に愛らしいのです。

 

ジョークに対して、「練習する」とか、「研究する」とか、「技術を開発する」という言葉を使うスティーブンス。

実際にラジオを聴いて練習に励むシーンもありますね。笑

どこまで真面目なんだ!と思いながらも、その姿に希望を感じざるを得ない、大好きなラストです。

 

何度も自分自身を重ねながら一緒に悲しんだり、否定したり、前向きになったりできる、私にとって素晴らしい作品なのでした。

 

このくらいで締めくくりますが、やっぱりネタバレしても、魅力を語るのは難しいですね。

解説編とはおこがましいかも。

いやはや失礼しました!